人の価値は「思い出の数」でできている

大切な家族に「何か残してあげたい」

人生最期の日に、大切な家族から
「あなたが居てくれて幸せだったよ、ありがとう」
と言ってもらいたい人

そんな想いに答えます。

この記事の内容

■「記憶に残る思い出」のつくり方


この記事を読むことで「思い出の価値」と「思い出のつくり方」が理解できるので「家族との愛情」が深まります。


それでは早速はじめていきましょう。

■ 思い出とは

「思い出」と聞くと、なにかキラキラしているものとか、楽しい昔の記憶とか、ボワっとした抽象的なイメージですよね。でも実は、控えめに言って「人の価値そのもの」なのです。


たとえば過去の思い出(記憶)がまったく無かったとしたらどうでしょう?


友達や親せきたちと集まっても、話題もなければ相手の思い出話に共感することも出来ないので、まったく盛り上がれません。これではその場に居ないのと同じ、極端に言えば価値が0の状態です。


それとは正反対に、経験豊富な人の話って面白いですよね?

それは過去に経験した「思い出」がたくさんあるからこそ、話題も豊富で何より自分自身が「こんなことを経験してきたという自信」に繋がっているのです。

つまり「思い出の数」こそ人生の厚みであり「人の価値」そのものなのです。

■ 家族に残せるものは2つしかない

人にはいつか必ず最期の日が訪れます。そして家庭をもっている人であれば、大切な家族に「何か残してあげたい」と思うのは自然なことでしょう。


では、いつか死にゆく自分に、何が残せるのでしょうか。


自分の親がすでに他界している人は思い返してみてください。お母さんお父さんが最期の日、あなたに何を残してくれましたか?自分の親が健在の人にはピンとこない質問だと思いますが、いつか必ず来るその日のことを精一杯想像して考えてみてください。


色々なものを残してくれたかもしれません。

しかし、この世を去る者が家族に残せるものは、たった2つしかないのです。

家族に残せるもの2つ

■お金 (金融資産)
■思い出 (遺品)

たくさんの遺品、お金や資産。

物としての遺品は売ったりすることで「お金」に変わり、大半はゴミとして処分されます。その中で厳選された遺品だけを大切に保管しておくことでしょう。


なぜなら、その遺品にはお父さんお母さんの「思い出」がつまっているからです。


それらを見てはお父さんお母さんのことを思い出します。「お母さんこのネックレスお気に入りでよくしていたな」とか「お父さん、小学生の時にプレゼントしたこのコップでよくお酒飲んでいたな」などです。


私の母はすでに他界しています。父は私が小学2年生のときに離婚してから消息不明です。

母が残してくれたものは、生前に蓄えていたほんのわずかなお金と、子供の頃に私がプレゼントした100円のおもちゃの指輪や写真などでした。


今でもそのおもちゃの指輪を仏壇に置いています。その指輪を見るたびに、プレゼントをした日の「母の喜ぶ顔が鮮明に浮かび」私の心を温たためてくれるのです。

■ 思い出は「人」と「感情の高ぶり」でできている

過去に経験したたくさんの思い出を思い浮かべてみてください…


欲しいものを手に入れた時のこと、何かを達成した時のこと、どこかに行った時のこと、何かに挫折して辛い思いをしたこと、できるだけ思い出してみましょう。


そして、特に強く残っている思い出には、ある「共通すること」が見えてくるはずです。


そう、「人」です。


思い出には必ず誰か (人)が登場し、その人と「何をしたか」が思い出として記憶される傾向があります。何か「物」を見たことがトリガーになり思い出すこともありますが、ほとんどの場合その先には「人」がでてくるのです。


「あいつとお菓子やおもちゃを買ってよく遊んだな~」とか「みんなでバカやって、ものすごく笑ったな」などの思い出の中心には必ず「人」が存在しているということです。

記憶に残る思い出

思い出が「人」でつくられていることは分かりました。そしてここに「感情の高ぶり」が加わると、「記憶に残る記憶」になるのです。


たとえばこんな事がよくあります↓

■駄菓子屋を見て。無駄に大人買いしてしまう。
■通っていたの高校近くの飲食店。正直言っておしくないけど定期的に行きたくなる。
■毎年特定の季節になると、近くの公園や旅行に行きたくなる。


反対に、下記のようなこともよくある↓

■実家には二度と帰りたくない。
■昔勤めていた会社の看板をみると吐き気がする。
■幼少期の写真を見ると気分が悪い。


これらは、良くも悪くも「記憶に残っている思い出」によって引き起こされている現象や行動です。


その答えは上記の各例の最後に「なんで?」をつけて考えてみると分かります↓

良い思い出の理由

■小学校の時、幼馴染のあいつとよく駄菓子買って遊びながら食べたんだよな。
■高校の時、友達5~6人でお金もないのに帰り道にある店で毎日騒いだな~。
■毎年家族で熱海の海に行って遊んだな~

悪い思い出の理由

父さんは俺が何をやっても全否定してケンカになるから顔合わせたくない!
■あの無能な上司に毎日パワハラを受けて、ずっと我慢してたんだ!
友達にいじめられていつも辛かったな。




このように、良くも悪くも「人」と「感情の高ぶり」によって「記憶に残る思い出」となっているのです。上記事例にもあるように、このような強い思い出は大人になっても忘れる事はなく、人生を形づくるものと言えるでしょう。

■ 「記憶に残る思い出」のつくり方



記憶に残る思い出をつくるのに、お金などは必要ありません。


「記憶に残る思い出」は以下の方法で誰でも簡単につくれます。

ルーティーンをつくる (喜怒哀楽を共有する)


家族恒例の行事をつくるのがベストです。

たとえば

■毎朝子供と一緒に植物の成長を楽しむ
■子供と毎回同じ公園で一緒に遊ぶ
■毎日家族みんなで犬の散歩をする
■週末は家族みんなで外食時間を楽しむ (※1人スマホ厳禁)
■毎年夏に家族みんなで同じ旅行先に行く

などなど。


※上記は楽しいや悲しいなどの喜怒哀楽 (感情の高ぶり)が弱いと記憶に残らないので注意です。

たとえばこんな場面をよく覚えている

■小学校の運動会で1等取れなくて悔しかったんだよな、でもあの時母さんが泣きながら「よく頑張ったね~」って抱きしめてくれたんだよな。何の種目だか忘れたけど。
■幼馴染のあいつとゲームで大盛り上がりして、親に「うるせえ」って怒鳴られたんだよな~。なんのゲームかは覚えてないけど。
■昔家族と行った海で父ちゃんと遊んでいたら、海に突っ込んでみんなで大笑いしたな~。どこの海だか覚えてないけど。
■俺が買った高級車をみんなに「カッコいい車ですね!おれも欲しいな~」って言われたの最高だったな~。どこで言われたんだっけ?


↑これは「感情の高ぶり」を「誰か」と共有しているシーンです。


相手が楽しく盛り上がっている時に一緒に盛り上がったり、相手が辛くて泣いているときに一緒に泣いてくれた時の事などをよく覚えているのはこのためです。



つまり、同じ場所や同じ行動を「一緒に繰り返す」ことでイメージに残り、その時の喜怒哀楽「感情高ぶり」を共有することで「記憶に残る思い出」が完成するのです。

■ まとめ【人の価値は「思い出の数」でできている】

ここまでで「思い出とは」~「記憶に残る思い出のつくり方」までを解説してきました。

思い出は「人」と「高ぶった感情の共有」によって強くつくられることが理解いただけたと思います。


私自身が「大切な家族に残せるもの」を考えたときに行きついた答えが、妻や娘にいかに「楽しい思い出をつくってあげられるか」ということでした。 お金や資産は使えばいつかは無くなってしまう物ですが、「一緒に過ごした楽しい思い出」は妻や娘が亡くなるまで一生心に残り、彼女たちを励まし続けるものだからです。


この記事でお話した通り、お金をかける必要なんてありません。今現在、自分の子供がいる人は聞いてみてください。高級な食事をしたとか有名な遊園地に行ったなんてことよりも、毎週家族で行ったファミレスや毎日のように行った近所の何もない公園ほどよく覚えているものです。


楽しい思い出が多いからこそ、自分の人生は幸せだったと思うものです。


つまり、「心に残る思い出をどれだけ与えられたか」こそが「人の価値」というのがわたしの結論です。


人生はいつ終わりを迎えるかは誰もわかりません。この記事を読み終わったら、今すぐ大切な家族にたくさんの「楽しい思い出」をつくってあげてください。

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